第5章 金属と非金属

《目標&ポイント》元素を単体の示す性質や原子の電子構造にしたがってさまざまに分類する。特に、金属元素の単体の性質や遷移元素についての理解を深める、また、無機化合物の代表的な成り立ちを理解する。

 

 元素は、金属元素と非金属元素の2つに分類される。金属とは「延性」や「展性」に富み、電気および熱の「良導体」であり、特有の「金属光沢」を持つ物質である。単体が金属の性質を示す元素を「金属元素」と呼び、そうでない元素を「非金属元素」と呼ぶ。また両者の境目の性質を示す元素を「半金属元素」と呼び区別することもある。

 ・延性・・・細長く伸ばすことができる性質

 ・展性・・・薄く広い箔にすることができる性質

 周期表を見ると、元素は2013年現在118種類が知られているが、その中に非金属元素は20種類しかないことがわかる。水素を別にすると、非金属元素周期表の右端2列および右上に集まっている。

 非金属元素がこのような位置に集まっているのには理由がある。1つは、同じ周期で比較すると、周期表で右側にある原子ほど有効核電荷が大きくなり、価電子が強く原子核に引きつけられているため。もう1つは、周期表の上のほうにある原子ほど内側の殻が最外殻となるので、価電子が強く原子核に引きつけられているためである。

 価電子がしっかりと個別の原子核に引きつけられていると非金属元素になり、そうでないと金属元素になる。引きつけられる力が弱いと、原子が多数集まってできている固体中では価電子が容易に原子核から離れ、特定の原子に属することなく固体中を動きまわる。そのように動きまわる電子を「自由電子」と呼ぶ。

 金属結晶の性質は、価電子を失った金属の「カチオン」が多数の自由電子の海の中に浮かんでいるような描像でとらえると理解しやすい。金属がカチオンだけでも電気的な反発力で拡散せず固体でいられるのは、特定のカチオンに属さない自由電子が全体を取りまとめているからである。このように、自由電子が固体中の全ての金属原子に共有されてできる結合を「金属結合」という。

 ・カチオン・・・正の電荷を持ったイオン(対義語:アニオン)

 同じ金属元素とはいってもその性質は極めて多様である。融点と密度について述べるなら、融点は常温で液体のHgから3000℃でも溶けないWまで、密度は水に浮いてしまう軽金属のLiからその40倍の密度を持つ重金属のOsまである。硬さも同様である。

 ・軽金属・・・密度4g/c㎥未満の金属。AlやMgなど。

 ・重金属・・・密度4g/c㎥以上の金属。Cr、Mn、Fe、Pbなど。

 金属元素の融点、密度、硬さの変化は、金属原子の大きさと金属原子1つあたりの自由電子の数によりおおよそ理解することができる。金属原子1つあたりの自由電子の数が多くなるほど金属原子間の結合力が大きくなり、融点、密度、硬さは高くなる。

 

 元素は「典型元素」と「遷移元素」に分類される。典型元素には金属元素と非金属元素の両者が含まれるが、遷移元素(遷移金属)は全て金属元素である。遷移元素周期表上で3族から11族までの元素を指し、それ以外の元素を典型元素と呼ぶ。

 遷移元素は「不完全に満たされたd軌道を持つ原子、あるいはそのようなカチオンを生じる元素」と定義される。すなわち、原子番号が増えるにしたがってd軌道(第4周期以降)あるいはf軌道(第6周期以降)の電子が増えていく過程の元素である。

 第4周期以降の元素は複雑な順番で電子が増えていく。これは原子核電荷の変化、各軌道に配置された電子の遮蔽効果、電子間の反発の効果により、軌道のエネルギーの順番が入れ替わるためである。具体的には、1s(第1周期)-2s-2p(第2周期)-3s-3p(第3周期)-4s-3d-4p(第4周期)-5s-4d-5p(第5周期)-6s-4f-5d-6p(第6周期)-7s-5f-6d…の順番で電子が増える。

 また、Sc以降の原子では各軌道のエネルギーが4s>3d>3p>3s>…となるため、21から30までの原子(第4周期遷移元素)をイオン化すると電子は4s軌道から弾かれる。言い換えると、第4周期遷移元素の第一イオン化エネルギーはほぼ一定の値を取る。これは原子核電荷が大きくなっても、内殻の3d軌道の電子が増えて遮蔽効果が大きくなるために、4s軌道の電子が原子核から受ける力が大きく変化しないためである。そのためもあってか、遷移元素はお互いに似通った性質を持つ。

 

 非金属元素では、各原子が価電子を固有するので、価電子を多数の原子核で共有する金属元素とは異なり、周期表の縦に並んだ価電子の数が共通な元素ごとに特徴的な性質を持つ傾向が強い。

 ・希ガス元素・・・周期表の右端の列の元素。最外殻に閉殻構造を持つため化合物を作りにくく、常温・常圧では原子のまま気体として存在することが多い。

 ・ハロゲン元素・・・周期表の右から2列目の元素。1価のアニオンになりやすく、金属と塩を作り、水素と化合物を作ると酸になる。単体では二原子分子となる。

 金属元素と非金属元素のの組み合わせには、金属同士、非金属同士、金属と非金属の3通りが考えられる。金属同士の化合物、もしくは金属と非金属による化合物のうち金属の性質をもつものを「合金」と呼ぶ。鉄に炭素を加えた「鋼」などがある。

 金属元素と非金属元素の組み合わせでは、電子を放出しやすい金属原子がカチオンに、取り込みやすい非金属元素がアニオンとなる。このような化合物が気相で存在すると、大きな双極性モーメントを持つ分子となる。一方、固体で存在する場合には規則正しく並んだ結晶(イオン結晶)となり、電荷は固定されて移動することがない。そのためにイオン結晶は電気伝導性や延展性を示さない。

 

 遷移金属をはじめとする金属のイオンは「錯イオン」と呼ばれる複雑な構造を持つイオンを作ることがある。例えば、Cu2+(2価の銅イオン)はNH3(アンモニア分子)4つと結合して[Cu(NH3)4]2+(テトラアンミン銅(Ⅱ))という錯イオンを作る。またFe3+(3価の鉄イオン)はCN-(シアノイオン)6つの結合して[Fe(CN)6]4-(ヘキサシアノ鉄(Ⅲ))という錯イオンを作る。錯イオンは、構成分子やイオンに解離することなく一つのイオンとして振る舞うことが多い。

 金属イオンに結合する分子やイオンを「配位子」と呼ぶ。金属イオンと配位子の結合は「配位結合」と呼ばれる。例えばBH3とNH3が結合してH3B-NH3という化合物を作る場合、まずBH3のBはHとの共有結合により最外殻に6個の電子を持ち、閉殻構造を完成させるのにあと2個電子が必要な状態である。一方、NH3のNはHとの共有結合により閉殻構造を完成させているが、Nには結合に関わっていない価電子が1組2個残っている。このように結合に関わらない価電子の組を「孤立電子対」と呼ぶ。H3B-NH3のB-N結合は、Nの孤立電子対がBの電子が不足している軌道に入ることで形成される。

 通常の共有結合では結合に関わる原子が1個ずつ電子を出し合って結合するのに対し、上記の結合ではNが一方的に電子を供与して結合が成立している。このように、一方の原子のみが電子対を供与して成立する結合を配位結合と呼ぶ。

 遷移金属のイオンは最外殻のs軌道やその内殻のd軌道の多くが空軌道となっているために、孤立電子対を持つNH3、H2O、ハロゲンのアニオン、CN-などと配位結合を形成することが多い。配位子と結合することにより金属の電子の状態は微妙に変化するため、錯イオンは様々な色を呈することがある。