第4章 分子の成り立ち

 本章では、原子と原子が結合をつくる原理を理解する。閉殻構造の完成による結合形成の考え方と、分子軌道への電子収容に伴うエネルギー低下による結合形成の考え方を学ぶ。σ結合とπ結合の定義とそれらの違いや、異なる原子間の結合における結合のイオン性についても学ぶ。

 

 希ガス原子は最外殻が閉殻構造を作るため電子を失ったり取り込んだりしにくい。そのために、他の原子や分子と反応や結合をすることが殆どなく、単独で存在する。この「閉殻構造の完成により安定」という指針を分子にまで拡張すると、多くの分子の結合を理解できる。

 窒素や酸素はそれぞれの原子が持つ電子を共有することで閉殻構造を完成させ、安定な分子となる。原子が閉殻構造を目指して電子を共有することで成り立つ結合を「共有結合」という。水やメタンなど多原子分子についても同様の説明ができる。電子の共有は2個単位で成立し、2個の電子を共有すれば単結合、4個なら二重結合、6個なら三重結合である。

 しかしながら、この考え方だけでは全ての分子の結合を説明することができない。閉殻構造を完成させていない、水素分子イオン(H2+)やリチウム分子(Li2)がその例である。

 H2+はH+H+→H2+という過程を経て生成される。陽子と陽子は反発し合うが、電子と陽子は引き合い、その力は後者が前者に勝る。H+はHの原子核と反発し合い、電子とは引き合う。この場合も引力が斥力に勝るため、ばらばらでいるよりH2+のほうが安定化する。

 一般的にはこのように、2つの原子やイオンが近づいた時に、ばらばらでいるよりもエネルギーが下がり安定化することを「結合ができた」という。

 

 原子が単独で存在するときの電子は、K殻、L殻、M殻などの殻や、s軌道、p軌道、d軌道などの軌道に属している。しかし、分子中の電子は複数の原子から引力を受け運動するのだから、原子中にあった時とは異なる「分子軌道」と呼ばれる軌道で運動する。

 分子軌道は原子の軌道から作られる。H2+とH2を例に挙げるなら、2つの水素原子の1s軌道から、エネルギーの異なる2つの分子軌道が作られる。一つは1s軌道よりエネルギーの低い結合性軌道(σ軌道)で、もう一つは1s軌道よりエネルギーの高い反結合性軌道(σ*軌道)である。これらの軌道も、1s軌道や2p軌道と同様に電子を2個まで収容できる。

 H2+とH2はそれぞれ1個あるいは2個の電子を持ち、それらはσ軌道に入る。2つの原子はばらばらに存在している場合に比べて、エネルギーが低く安定化している。このように、分子軌道を用いると、閉殻構造を完成させない結合の成立を矛盾なく説明することが

 この考え方を拡張すると、H2-イオンはσ軌道の2個の電子のほかに、σ*軌道に1個の電子が入るためにH2よりも結合が弱い。He2は合計4個の電子がσ軌道とσ*軌道の双方を埋めるために成立し得ない。2s軌道同士の結合によりLi2が存在し得ることなどが説明できる。

 

 分子軌道は原子軌道を重ね合わせた形をしている。2つのs軌道が相互作用により分子軌道を作る場合、その軌道は原子核同士を結んだ一本の結合軸について対称な軌道となる。そのような対称性を持った分子軌道による結合を「σ結合」と呼ぶ。σ結合は、s軌道s軌道、p軌道とp軌道、p軌道とs軌道でそれぞれ単結合する場合に形成される。

 ただし、p軌道同士が結合する場合には、結合軸に線対称なσ結合だけでなく、2つのp軌道が平行に並ぶ分子軌道(π軌道)による「π結合」を形成することがある。π結合が原子核を繋ぎ止める力はσ結合に比べて弱いため、π軌道の電子は分子外からの影響を受けやすい。

 酸素分子の結合を例に挙げよう。酸素原子は2s軌道に2個、3つの2p軌道に4個の電子を持つ。2s軌道同士の結合では、結合性のσs軌道と反結合性のσ*s軌道に合計4個の電子が収容され、満席になる。エネルギー的には安定化と不安定化が打ち消し合うため、これらの電子は酸素分子の生成には寄与しない。

 一方、2p軌道にはそれぞれの酸素原子に3個ずつ電子があるため、合計6つの分子軌道ができる。エネルギーの低い方から、σp軌道1つ、π軌道2つ、π*軌道2つ、σ*p軌道0の6つである。2p軌道の電子を見ると、結合性軌道に6個、反結合性軌道に2個入っているため、差し引き4個分で結合が成立している。結合性軌道の電子が2個の場合に単結合が成立するとうに、4個の電子により結合が成立している酸素分子の結合は、二重結合である。

 

 ここまで等核二原子分子の結合について述べてきたが、一酸化炭素(CO)のような異核二原子分子の結合についても分子軌道で説明することができる。COは、炭素が2個、酸素が4個の電子を出し、π軌道に4個、σp軌道に2個の電子が収容されることで結合している。その際、反結合性軌道には電子が収容されていないため、COは三重結合であると言える。

 等核二原子分子の結合では、結合にかかわる電子は原子核から同じように引きつけられているため、電子は両原子核から等距離の位置に存在すると考えられる。一方、COの場合には、周期表上でより右側に位置している酸素の原子核の方が電子を引きつける力が強い。したがって、結合にかかわる電子は酸素側に偏って存在する。その結果、酸素が若干の負の電荷を、炭素が若干の正の電荷を帯びる。どちらの原子に偏るかは、「電気陰性度」の値から知ることができる。大きな値を持つ原子ほど強く電子を引きつける。

 電子の偏りが起き、電子共有に加えて静電気的な引力が働くようになった結合を「イオン性を持った結合」という。この結合は、電子が完全に一方の原子に移動してしまうわけではなく、若干の電気的な偏りを持つに過ぎない。その際「多少電荷を帯びた」という意味の「δ」を付し、δ+COδ-という書き方をする。このように正負の電荷が分離した電気的偏りは「電気双極モーメント」と呼ばれ、分子と電場との相互作用や分子間の相互作用に重要な役割を果たす。